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名古屋高等裁判所 昭和39年(う)647号 判決

被告人 大藪勇機 外一名

主文

原判決を全部破棄する。

被告人両名は、本件各公訴事実につき、いずれも無罪。

理由

本件各控訴の趣意は、名古屋地方検察庁検察官検事築信夫名義の控訴趣意書および弁護人安藤厳名義の控訴趣意書にそれぞれ記載されているとおりであるから、ここにこれらを引用する。

一、検察官の控訴趣意第一(法令解釈の誤りと事実誤認)について。

所論は、要するに、原判決は、本件程度のビラ貼り行為が建造物損壊罪の構成要件を充足する行為に当たるものとは、とうてい考えられない、として、公訴事実中、建造物損壊の点につき、被告人両名を無罪にしているのであるが、このような原判決には、刑法二六〇条の解釈を誤つた違法、および同法条の構成要件該当性の有無に関する事実関係の認定を誤つた違法がある、というのである。

よつて、検討するに、原判決が、被告人両名に対する本件各公訴事実中、所論の建造物損壊の点につき、その取調べにかかる証拠にもとづいて、公訴事実と同旨の事実を認定しながら、被告人両名による本件程度のビラ貼り行為をもつて、これが建造物を損壊する行為に当たるものとは、とうてい考えられない、として、被告人両名に対して無罪の言渡しをしていることは、なるほど所論の指摘するとおりである。しかして、原審および当審において取り調べたすべての証拠を総合すれば、右の公訴事実そのもの(これが建造物損壊罪の構成要件を充足する行為に当たるか否かは、以下に検討する。)は、これを肯認するに十分である。

そこで、すすんで、被告人両名による本件のビラ貼り行為が、はたして刑法二六〇条の犯罪構成要件を充足する行為に当たるのかどうかを検討してみるに、本件の各証拠、とくに(証拠略)を総合すると、(一)、本件のビラ貼りが行なわれた場所は、東邦製鋼株式会社本社建物(かなり老朽化した木造モルタル塗りの二階建て建物)の一階事務室(東西、南北とも、約一一メートルのほぼ正方形の形をした部屋)に、同建物の一構成部分として設けられたカウンターで、このカウンターは、事務室の玄関土間部分ともいうべきタイル敷き部分(東西約四・四メートル、南北約二メートルの長方形の形をした部分)と、机、いすなどが置いてあつて、会社事務職員の執務場所となつている板張りの床部分との二つの部分を仕切るような格好で、ほぼコの字型に造られており、その高さは約一メートル、また、上面の幅は約六〇センチメートルあること、なお、このカウンターは、主として、ラワン製の木材で造られており、その表面にはニス製の塗料が塗られていること。(二)、このカウンターは、事務室を訪れる来客のために、その受付けおよび応接用として設けられたもので、現に、本件前後ごろにおいても、右会社は、このカウンターを来客の受付けおよび応接用に使用していたこと。(三)、本社建物の階段、壁、窓ガラスなどには、従来から随所に多数の闘争用ビラが貼りつけられていたが、とくに事務室に限つては、右のカウンター部分をも含めて、――本件のビラ貼りが行なわれるまでは――なんらのビラも貼りつけられていなかつたこと。(四)、被告人両名は、起訴状記載の日時(当日は日曜日)、右のカウンター(その上面および玄関に面した側面)に、ほとんど間隙を残さない程度に、集中的に、「東邦の闘争を春闘の発火点にせよ。社青同」とか、「首切りには労働者のド根性で戦うぞ。社青同」などと印刷した九二枚にのぼるビラ(正確にはステツカー、なおこのステツカーの縦は約三六・五センチメートルで、横は約一二・五センチメートルである。)を糊で貼りつけ、そのことによつて、本社建物の一構成部分たる事務室カウンターの品位、美観、清潔を著しく汚損し、ひいてはカウンターの存在する事務室全体の品位、美観をも著しく汚損するという結果をもたらしたこと。(五)、もつとも、右カウンターに貼りつけられた本件のビラは、これが貼付せられた日の翌日ごろ、出勤してきた一~二名の会社職員が、濡れぞうきんを使用して、約一時間くらいの間にほとんど痕跡をとどめない程度に、きれいにふき取つてしまつたこと。以上のような事実を認定するに十分である。

ところで、原判決は、建造物損壊罪における損壊の概念について、「物理的毀損行為については、その損壊が建造物の全部であると一部であるとを問わないが、その他の方法によつて効用を失わせる行為については、建造物全体としての見地から、建造物を本来の用法に従つて使用することがほとんどできない状態に至らしめることを必要とする。」との基本的見解のもとに、「本件においては、建造物本来の用法は、本社諸事務の執行のための場所として使用することであるから、その損壊というには、その行為により、職員または来客に対し、著しい嫌悪、不快の感情を与え、そのために同建物内で本来の事務を執行することがほとんどできない程度に支障をきたしたことを必要とするところ、本件行為は、右建物内の僅かな一部分を占めるにすぎないカウンターにステツカーを貼つただけのものであるから、たとえ同カウンターの上面および側面全体にビラを貼付したものとはいえ、建物全体の見地から見るならば、その外観の毀損程度は軽微であり、来客の応待に多少の支障はあつても、いまだ会社事務所全体としての本来の用法に従つた使用がほとんどできない状態に立ち至つたものとは認められない。」と判示して、被告人らの本件ビラ貼り行為が、建造物損壊罪の構成要件を充足する行為に当たらない所以を説明している。しかしながら、刑法二六〇条所定の建造物損壊罪における損壊とは、「ある建造物の全部もしくは一部について、これを物質的に毀損し、またはその他の方法によつて、その本来の効用を滅却または滅損する行為」を総称するものと解すべきであつて、当裁判所としては、「物質的毀損を伴うような行為は、仮にそれが建造物の一部分のみに対して行なわれた場合であつても、建造物を損壊する行為に当たるものと解して差支えないが、その他の方法による場合は、建造物全体の見地から、当該建物を本来の用法に従つて使用することをほとんど不可能ならしめるような状態をもたらすことによつて初めて建造物損壊罪の構成要件を充足するものと解すべきである。」という趣旨に帰着する原判決の見解には、とうてい賛同することができないのである。ところで、一般に、物にはすべてその物本来の外観ないし美観がある。本件のような建造物にも全体としての美観があるのはいうまでもないが、さらに、その構成部分たる壁とかカウンターにも、それぞれそのもの本来の品位、美観があることを否定することはできない。しかして、被告人らの本件ビラ貼り行為によつて、東邦製鋼株式会社本社建物の構成部分たる事務室カウンターの品位、美観は著しく汚損されて、その効用を滅損されるに至つたばかりでなく、ひいては、カウンターの存在する事務室全体の品位、美観も、また著しく汚損されるという事態を招くに至つたことは、さきに認定判示したとおりであるから、被告人両名の本件ビラ貼り行為が、刑法二六〇条所定の建造物損壊罪の特別構成要件を充足する行為に当たることは明らかであつて、疑いを容れない。してみると、被告人らの本件ビラ貼り行為を目して、これがいまだ刑法二六〇条の構成要件を充足するまでには至つていない、として、本件公訴事実中、建造物損壊の点について、被告人両名に対して無罪を言い渡した原判決は、建造物損壊の概念についての解釈を誤り、ひいては、同罪の特別構成要件該当性の有無に関係する事実について、その認定を誤るという違法を犯したことに帰着し、しかも、原判決の犯したこのような違法が判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、原判決は、すでにこの点において破棄を免れない。検察官の本論旨は、その理由がある。

しかしながら、被告人両名の本件ビラ貼り行為が建造物損壊罪の特別構成要件を充足する行為であるとはいつても、この行為がはたして実質的に違法と評価さるべき行為に当たるのか否かの点については、いわゆる争議行為の正当性との関連において、さらに別途慎重な検討が加えられなければならない。しかして、この点についての検討を加えることは、とりもなおなず、被告人両名の本件ビラ貼り行為が軽犯罪法一条三三号の構成要件を充足する行為であることを肯認しながらも、これが正当な争議行為として評価さるべきものであるとの観点にたつて、結局、この点に関する被告人両名の刑責を否定した原判決に対して、このような原判決には労組法一条二項および刑法三五条の解釈適用を誤つた違法がある旨を極力主張する検察官の控訴趣意第二に対する判断を示すことにもなるので、次項において、この点に関する当裁判所の見解を明らかにすることとする。

二、そもそも、労働争議に際して行なわれる組合側の闘争手段としてのビラ貼り行為は、一面、組合員に対して団結を呼びかけ、かつ一般大衆に対しても争議の存在および当該争議に関する組合の要求、意見などを宣伝して、組合への支援を訴えるという情宣活動としての機能を有すると同時に、他面、使用者に対する抗議ないし示威運動としての機能をも併せもつものであつて、これがかなり有効で、しかも常套的な組合の闘争戦術であることはいうまでもないところである。しかし、このようなビラ貼り行為は、通常、使用者側の企業施設を利用して行なわれるものであるために、使用者側の施設管理になんらかの支障をもたらすのを免れない場合が多いし、ときには、本件におけるがごとく、使用者の建造物を損壊するというような結果を招来することもありうるわけである。ところで、争議手段としての組合活動が、本件におけるように一応犯罪の特別構成要件を充足するような場合、その行為が、労組法一条二項本文、刑法三五条により、とくに刑事免責の対象となりうるためには、これが暴力の行使に当たらず、しかも労組法一条一項の目的を達成するために行なわれる正当な行為ないし活動であることを要することはいまさら多言を要しないところである。しかして、ここにいわゆる正当な行為ないし活動とは、当該争議行為の目的の正当性、使用者側の態度をも含めた争議行為をめぐるもろもろの情勢、争議行為によつて使用者などが蒙るべき損害と組合側の目的とする利益との比較衡量、その他諸般の事情を総合考量して、社会的に相当と認めうべき範囲の行為ないしは活動を指称するものと解すべきであつて、右にのべたような社会的相当性の範囲を逸脱するがごとき行為ないし活動は、もはや正当な組合活動と認めることができず、当然違法の評価をうけるのを免れ得ないものと解すべきである。ところで、本件におけるがごとき建造物損壊を伴うような争議行為は、使用者、その他の第三者の財産権に対するかなり重大な侵害行為にほかならないのであるから、これに対しては、通常、行き過ぎた争議行為としての評価、すなわち前記の社会的相当性の限界を逸脱した違法な争議行為としての評価を免れない場合がきわめて多いといえるであろう。このような意味において、検察官の所論のうちには、たしかに、一般論として傾聴に値する部分があることを、否むことができない。しかしながら、本件のようなビラ貼り行為が、他人の財産権に対する重大な侵害行為に当たるからといつて、他の事情を斟酌するまでもなく、そのことの故に、ただちに、これに対しては正当な争議行為としての評価を加え得ないものであるなどと速断すべきではない。ことに、労働争議が、使用者側の不当労働行為を伴うがごとき著しい不当行為(たとえば、使用者が、労働組合を弱体化しようとして、その積極的活動分子を解雇し、あるいは労働組合の弱体化工作ないし分裂工作を積極的に推進し、またはこれに加担するというがごとき)が原因となつて発生したような場合には、当該争議の発生について、社会的な責任を問わるべきものはもとより使用者側であり、しかも当該争議の帰趨如何が労働組合の消長、存亡にもかかわるような重大な意味合いをもつことを否定し得ないのであるから、これに対する労働組合の闘争手段が、通常の労働争議におけるそれに比較して、ある程度激しくなるのもやむを得ないものがあるといわざるを得ないであろう。そして、このような場合においては、労働組合の行なう当該争議――その一態様としてのビラ貼り行為が、本件におけるがごとく、建造物損壊罪の構成要件を充足する場合をも含めて――についても、これに対して正当な争議行為としての評価を加うべき範囲ないしは余地が、――労働争議の発生につき使用者側に特筆すべき責任のない場合に比較して――相当程度広くなつてこざるを得ないということは、右に示した争議行為の正当性の限界に関する判断基準に照らして、みやすい道理というべきであろう。

これを、本件の証拠に照らして、検討してみると、まず、争議の発端、経過、争議に対する会社側の態度、その他、組合側が争議手段として大量のビラ貼りを行なうことを決めるに至つた事情等の点については、原判決が、「犯行に至る経過」の欄において、詳細に説示しているとおりである。とりわけ、強調されなければならないことは、本件争議の発端は、資金不足等のために経営不振に陥つた会社側が、大同製鋼株式会社の強力な資金援助をうけるための事前工作として、多数従業員の指名解雇を含む積極的組合活動分子の締出しを強引に実現しようとしたことにあり、また、争議が長期化かつ深刻化の様相を帯びるに至つた所以のものは、争議開始後、希望退職者が続出したために、残留従業員数が会社側の再建予定人員数を下回るに至るというがごとき著しい状況の変化があつたにもかかわらず、会社側が、かたくなに組合活動家数名の指名解雇を含む当初の人員整理案の実施を固執して譲らず、しかも、この点について、組合側との間に誠意ある団体交渉を行なおうとしなかつたことにある、と考えられることである。しかして、被告人両名による本件ビラ貼り行為は、右のような局面を打開するための、やむを得ない方法として行なわれた、会社側に対する示威ないしは抗議の行動にほかならなかつたのである。たしかに、被告人両名は、いずれも労働争議の当事者たる東邦労組の組合員そのものではなかつたけれども、右のビラ貼りは、なんら争議の当事者たる東邦労組の意思に反するようなものではなく、かえつて、同労組を中心的メンバーとする原判示の共闘会議――ちなみに、被告人両名は、当時社青同に所属していたものであるが、この社青同も右共闘会議のオブザーバーとして、本件の争議に関与し、かつ共闘会議の決定する方針に従つて、具体的な争議支援活動を展開していた――の決定した争議方針を忠実に実行したものと認めうるのである。そうだとすれば、被告人両名の本件ビラ貼り行為は実質的には東邦労組の行なう争議活動の一環として、そのなかに包摂された行為として把握さるべきものと考えられるのである。ちなみに、検察官は、本件労働争議の当事者は東邦労組であるから、その組合員でもない被告人両名の本件行為について、正当な争議行為の観念を容れる余地などそもそも当初から存在しないものである、と主張するけれども、前記のような事実関係にかんがみると、検察官の右主張は、本件には適切でない見解として、これを排斥せざるを得ないのである。

以上にみたような事実関係を初め、――被告人両名の本件ビラ貼り行為が、構成要件的評価としては刑法二六〇条(前段)の要件を充足することを肯定せざるを得ないとしても――ビラ貼りの行なわれた場所、範囲が一階事務室のカウンターという比較的狭少な部分に限定されていること、その他、本件ビラが貼りつけられた日の翌日ごろ一~二名の会社側職員によつて、約一時間のうちに、ほとんど痕跡をとどめない程度にまで、きれいに除去せられたことなど、さきに検察官の論旨第一に対する判断中において認定判示した諸事情を、前記の基準に照らして、総合考量するときは、本件の具体的状況のもとにおける本件程度のビラ貼り行為を目して、これが社会的相当性の範囲を逸脱する程度のいわゆる行きすぎた争議行為に当たるものとはとうてい認められない。したがつて、原判決が本件ビラ貼り行為をもつて、可罰的違法性を欠く行為に当たるとした判断自体は、これを正当として是認(もつとも、原判決が、本件ビラ貼り行為をもつて建造物損壊罪の構成要件に当たらず、軽犯罪法一条三三号所定の罪の構成要件を充足するにすぎないと判断していること、および右判断の誤りであることについては前述のとおりである。)すべきである。そうだとすれば、結局、被告人両名の本件ビラ貼り行為は、正当な争議行為の範囲内に包含された行為として、違法性のない行為ということに帰着するので、被告人両名は、本件各公訴事実中、建造物損壊の点について無罪であるといわざるを得ない。(ちなみに、検察官は、当審に至つて、仮に被告人両名の本件ビラ貼り行為が建造物損壊罪の構成要件を充足しないとしても、これが軽犯罪法一条三三号の罪の構成要件を充足することは明らかであるとして、この点について、別紙記載のような同法違反の予備的訴因を追加したが被告人両名が、この予備的訴因についても、なんら刑責を負うものでない所以は、前述したところによつて、おのずから明らかであろう。)

三、弁護人の控訴趣意一(法令解釈の誤り)について。

所論は、要するに、(一)、被告人両名による本件建造物に対する立入り行為は、なんら当該建造物の実質的平穏をそこなうような行為に当たらないし、(二)、仮に、これが、建造物の実質的平穏をそこなう行為に当たるとしても、労組法一条二項にいう正当な争議行為として評価さるべき行為に当たることは明らかであるから、被告人両名は、本件公訴事実中建造物侵入の点についても、無罪である、というに帰着する。

よつて、まず、所論(一)の点について検討するに、所論の建造物侵入の事実について原判決の挙示する証拠を総合すれば、右の事実は被告人両名による本件建造物侵入の行為が、本件建造物の実質的平穏を害する行為に当たることをも含めて、これを肯認するに十分であり、記録を調べ、当審における事実調べの結果を参酌して検討してみても、右の事実認定を覆すに足りる証拠は存しない。してみると、被告人両名による本件建造物に対する立入り行為が建造物の実質的平穏を害する行為に当たらないものであることを前提として、原判決に法令解釈の誤りがある旨をあれこれ主張する右所論の採るを得ないことは、明らかであつて、疑いを容れない。

つぎに、所論(二)の点について考察してみると、被告人両名による本件ビラ貼り行為の正当性については、さきに説示したとおりであり、したがつて、右のビラ貼り行為については会社側にこれを受忍すべき義務があつたものと考えざるを得ない。そして、右のようなビラ貼りの目的をもつて本件の建造物に立入る行為も、社会的には、右のビラ貼り行為と密接不可分の一連の行動として把握することができないわけではないから、その立入りの態様等の点について、とくに悪質、不当な事情が認められないかぎり、前述したビラ貼り行為におけると同じく、実質的違法性を欠く行為に当たるものとして評価するのが相当である。これを本件についてみると、証拠によれば、被告人両名は、本件建造物内に被告人らと同じくビラ貼りの目的をもつて立ち入つた組合員二名に続いて、もつぱら前記のビラ貼りのみを行なう目的のもとに、当時施錠のしてなかつたガラス窓から原判示のようにして、本件建造物に立ち入つたことが明らかである。このような事実関係に徴すれば、本件立入りの態様等の点についても、とくに悪質、不当と目さるべき事情などはなかつたものということができ、したがつて、被告人らの本件建造物への立入り行為もまた違法性を欠く行為として、建造物侵入罪を構成しないものと解するのが相当である。そうだとすれば、被告人両名に対する本件各公訴事実中、所論の建造物侵入の点について、被告人両名の行為が違法性を欠くものではない、として被告人両名を有罪にした原判決には、労組法一条二項、刑法三五条の解釈、適用を誤つた違法があり、かつ、この違法が判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、原判決は、この点においても、破棄を免れない。弁護人の本論旨は、結局その理由があることに帰着する。

よつて、原判決中の無罪部分(建造物損壊の公訴事実に関する部分)を刑訴法三九七条一項、三八〇条、三八二条により、また有罪部分(建造物侵入の公訴事実に関する部分)を同法三九七条一項、三八〇条により、それぞれ破棄したうえ、同法四〇〇条但書に従い、被告人両名に対する本件について、さらに判決する。

起訴状記載の本件各公訴事実(別紙のとおり)は、原審および当審において取り調べたすべての証拠を総合することにより、いずれもこれを肯認するに十分である。しかして、右のごとくに肯認しうる被告人両名の公訴事実第一の所為が刑法一三〇条前段所定の建造物侵入の特別構成要件を、また公訴事実第二の所為が同法二六〇条前段所定の建造物損壊の特別構成要件をそれぞれ充足するものであることは、すでに説示したとおりである。(したがつて、公訴事実第二の点につき、検察官が当審に至つてから予備的に追加した軽犯罪法一条三三号違反の訴因に対して、とくに判断を示す必要のないことは明らかである。)しかしながら、他面、被告人両名の本件各行為が、結局正当な争議行為として行なわれたものとして評価されるべきであつて、これが、労組法一条二項本文、刑法三五条により、その違法性を否定さるべき行為に当たることも上来説示のとおりであるから、ひつきよう、被告人両名の本件各行為は、なんらの犯罪をも構成しないことに帰着するものといわざるを得ない。

よつて、本件各公訴事実につき、刑訴法三三六条前段に従つて、被告人両名に対して無罪を言い渡すことにする。

以上の理由によつて、主文のとおり判決する。

(別紙略)

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